広い背中/ドSリーマン(?)×女装子大学生(19)/コスプレ主従SM
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この感情を、恋と呼べるかどうかわからないけれど。
「で、この写真、いくらで買う?」
そいつはこれ見よがしにひらひらと携帯をオレの眼の前で振った。それは俺のじゃなく、奴の携帯だ。――だが、画面に映っている写真は、俺の――。
俺は項垂れた頭を上げる気も起きず、我ながら情けないほどか細い声で呟いた。
「……に、にまんえん……」
「一枚? 安すぎないか」
「そ、それじゃ、二万五千円……」
「お前はこの写真の価値をわかってない。一枚十万だ、十万」
「って、それじゃ全部で五十万!? ひでーよ、そんなの無理に決まってるだろ!」
流石に声を荒げると、奴は携帯をパタンと閉じて手を引っ込めた。……気のせいか、眼鏡の奥の目がほくそえんでいるような。
「払えないなら別にいい。この写真をオレが貰うまでだ」
「……あ、あんたが一人でそれ見て楽しむのかよ…?」
まさかなと思って言ってみたのだが、予想通り奴はふんと鼻を鳴らして、人を小馬鹿にしたような目で俺を見遣った。
「んなわけねーだろバーカ、オレにはそーゆー趣味はない。そっちの趣味の怪しい掲示板に貼り付けて、お前が変態の兄貴たちのオカズになって、さらにお前の携帯にお誘い電話が次々にかかってくるってだけだ」
「それいじめって言うか既に脅迫じゃねえか! あんた、オレに何の恨みがあるんだよ!?」
俺はもう半分涙目になって、悲鳴に近い声で叫んだ。だが奴は俺の気持ちなど何処吹く風、にっこりと極上の笑みを浮かべて、『今日は良い天気だな』と言うのと変わらぬ口調で言ってのけた。
「恨みなんかひとつもない。ただの暇つぶしだ」
「き、鬼畜!」
実を言うと、奴とは初対面って訳じゃなかった。
高校時代、俺は電車通学で、三年間ほぼ毎朝、同じ時間の同じ電車に乗っていた。
途中駅でいつも乗ってくる若いリーマンに気付いたのは、高校三年の春だったろうか。多分、その春から社会人になったんじゃないかと思う。最初の頃はスーツを着てるというよりスーツに着られてるって感じで、いかにもフレッシュマンって感じだった。フレームの細い眼鏡も革靴も高価そうで、新調したばかりに見えた。
奴の定位置は車両の中央付近。いつも右手で吊革に掴まり、左手で文庫本を持って読んでいた。その文庫本は大概海外のミステリーの翻訳で、たまに日本のもののこともあったけど、ミステリー好きらしいのはそれでわかった。
毎日見かけるうちに、自然に顔を覚えた…っていうのは、ちょっと嘘かもしれない。奴が結構格好いい、というか、俺の好きなタイプの顔だったから、それで顔を覚えたんだ。ほら、同性でも自分の好きなタイプの顔とか、あるだろ? 奴は俺のなりたいような顔だったんだ。クールそうな、賢そうな、眼鏡の似合う顔。俺はどっちかっていうと童顔で、女に見えなくも無いような顔だったから。
だけど、ただ単にそれだけだった。別に声をかけようって訳でもなく、一年くらいそうやって毎朝見かけた、それだけ。俺は高校を卒業して大学に進学して、家を出て一人暮らしすることになって、もうあの電車に乗ることもなくなった。だから、それで終わり。もう二度と会うことも無いだろうと思ってた、のに――。
「しっかしお前、なんでこんな写真自分の携帯に入れてんだよ。とんだ変態ナルヤローだな」
「……う、うるせえ……人の勝手だろ、ほっとけよ」
「まさか、ウリでもしてんのか? こういう女装の男が趣味のホモ男相手に」
「してねえよ! それは、……罰ゲームで、友達のねーちゃんの服着せられて……写真も友達が撮ったんだよ!」
「嘘だな、そういう雰囲気の写真には見えない。吐いちまえよ、これ、お前一人で撮った写真なんだろ? 本当のこと言ったら、一枚七万に値下げしてやる」
「そ、それは……っ」
そう。
奴が言っている『写真』とは、他ならぬこの俺の女装写真、なのだ……。
メイド服着て化粧して、女みたいにポーズ取ってる写真。誰にも見せたくない、いや、見せられない写真――。
俺の携帯の中に入っていた写真が、どうして奴の携帯の中に入っているのか? 答えは至極簡単、俺が携帯を落としたからだ。
落としたことに気付いたのは、間抜けなことに家に着いてからだった。ジーンズの尻ポケットに手をやって、携帯が無いことに気付いた時の、あの頭が真っ白になる感覚。
『え? あれ? 何で? 確かここに入れなかったっけ? もしかして別の場所に入れたっけ? まさか――』……。
記憶を辿る。電車に乗った時にはメールをしてたから確実に持ってたはずで、そうすると、落としたのは電車の中から駅、家に帰るまでの道のどこかなのは確実だった。俺は一人暮らしを始めてから部屋に電話を引いてなかったから、携帯が無くなるとマジで困る。とりあえず外に走り出て、携帯を探す道すがら、コンビニの公衆電話から自分の番号にかけてみた。もし誰かが拾ってくれてたら、出てくれるかな、とか思って。
『はい』
二回目のコールで、誰かが出た。声に聞き覚えは無いが、男だということは分かった。
「あの、俺、この携帯の持ち主なんですけど、俺の携帯どこにありますか?」
なんか変な日本語だが、他に言い様が無い。受話器の向こうから事務的な声で『○○線の車内に落ちてた。今自分が居るのは、××駅だけど』と返事が返ってきた。
「あ、そうですか。それじゃどうしようかな、えーと、今からそっちに行くんで、待っててもらっても良いですか? 十五分くらいで着きますから」
『まあ、いいけど。それじゃ改札で待ってる』
「本当すいません、ありがとうございます! すぐにそっち行きますんで――えっと、外見どんな感じですか?」
『眼鏡をかけたスーツのリーマン。そっちは? 学生?』
「グレーのカットソーにジーンズ、大学生です。じゃ、また十五分後に――」
その時は、さっさと見つかって良かったと喜んでたんだ。拾ってくれた人には、お礼にお茶の一杯でも奢ろうとか考えたりしてさ。
まさかその十五分後に、毎朝見たあの顔を半年振りに見ることになるとは――……。
「それは…………、言いたくない」
奴には意外な言葉だったようだ。殆ど表情は変わらないけれど、眉が僅かに釣りあがったのでわかった。
「値下げしてくれなくてもいい。一枚十万だろ、――わかったよ……」
いい加減、嫌になってきた。いいなあと憧れてた顔の奴が、こんな性格の捻じ曲がった鬼畜ヤローだったなんてさ。拾った携帯の中身を勝手に覗き見るのも、その中身を自分の携帯にコピーすんのも、人としてサイテーの行為だろ。何より、落とした自分の間抜けさに腹が立つけど。
でも、ちゃんとその女装写真はロックフォルダに入れといたんだ。暗証番号を入れなきゃ見れないフォルダに。それなのに――。
「その暗証番号が誕生日まんまで、携帯のプロフィールに自分の誕生日を登録してあったら暗証番号の意味が無いだろうが」
…………その通りですよ、俺が間抜けでしたよ…………。
「へえ。五十万、耳を揃えて払えんのか?」
奴は、面白そうに口角を上げた。意地の悪い微笑みだが、何故かあまり厭らしさを感じさせないのは不思議だと思った。
「銀行の定期解約すれば、それくらいはあるから。ちょっと待ってくれれば、用意できると思う」
「……」
改札で落ち合った後、駅前のカフェで話していた。駅前だから、ちょっと探せば都市銀の支店が見つかるだろう。――そう思ってさっさと立ち上がりかけた俺を、奴が手で制した。
「待てよ。一銭も払わなくても、今から俺の出す要求を呑むなら、写真のデータを消してやってもいい」
「へ?」
「今から、俺とデートするんだ。買い物して、食事する。夜の十二時まで付き合えば、データを綺麗に消してやるよ。どうだ?」
「はあ? あんた、こんな服が趣味なのか?」
――夜の十二時まで、六時間こいつとデートするだけで写真が返ってくるならいうことはない。俺はその交換条件を二つ返事で受け入れた。
それからすぐに「じゃ、まず買い物だ」と連れてこられたのは、原宿のいわゆるゴスロリブランドショップだった。どう見てもこいつには似合いそうにないんだけど……。
「馬鹿か、そんな訳ないだろう」
「じゃ、なんで――」
「煩いな、黙って見てろ」
奴は俺を頭から爪先までじろっと一瞥し、店内の服をさばさばした手付きで物色し始めた。……って、なんで女ものの服見てんだこいつ?
「あの、俺、外で待ってていい?」
他の客の視線が、店員の視線が痛い……そりゃそうだ、明らかに場違いなんだから。男の客もいないことないだろうけど、それだってゴスロリとかパンクなかっこした奴らで、いくら何でもスーツのリーマンが買いに来ることなんてないだろう。
「駄目だ。傍に居ろ」
「……あのー、なんで女物の服見てんの?」
「ああ、これでいい――サイズもあうな」
人の話、全然聞いてねー。奴は大きめのサイズの黒と白のびらびらふりふりしたゴスロリ服(他に形容のしようがない)を手に取ると、他にも頭に付ける奴とかひもパンツみたいの(後で知ったが、ヘッドドレスとガーターベルトというらしい)とか手早く物色してレジに持ってった。照れも恥じらいもなく、淡々と冷静にゴスロリ服を買ってるリーマン……。なにこのありえへん∞世界?
「なあ、もしかしてそれ、彼女へのプレゼントとか? で、一人で店に入るのが嫌だから俺につき合わせたとか、そーゆーこと?」
店を出てからそう聞くと、「なんでそうなる?」と逆に聞かれた。何でって、すごく自然な考え方だと思うんだけど――と思ってると、服の入った紙バッグを押し付けられた。
「ほら」
「はい?」
「トイレでこれに着替えて来い」
「はいいいいい?」
「下着は買ってないから履くな。靴はそのままでいい、エンジニアブーツならそんなに違和感ないだろ」
「待て待て待て! 何、これ俺が着んの!? そのために買ってたの!?」
「俺が着るとでも?」
「そーじゃないだろ、何でこんな服着なくちゃいけないんだよ!」
「俺は男とデートなんかしたくない。だから、女の振りをしろ」
「何それ!? じゃ、最初から誘わなきゃいいじゃん!」
「四の五の言わずにさっさと着替えて来い。わかってないようだが、お前に俺の要求を拒む権利はない。さっきこう言っただろ、『今から俺の出す要求を呑むなら』って。あの瞬間から夜の十二時まで、お前は俺の出す要求を呑まなくちゃいけない――つまりは俺の言いなりなんだよ。お前、首を縦に振ったんだから、今更降りられないぜ」
「何だよそれえええええっ(涙)」
……嫌だったけど、これで五十万と写真のデータが戻ってくるなら安いものだと自分に言い聞かせて、渋々トイレで着替えた。下着を履くなって言われたけど、ノーパンなんてふつーに嫌だ(爆)。どうせわかんないだろうしと思って、パンツはそのまま履くことにした。
着替え終わって個室を出ると、鏡にゴスロリ服を着た自分が映っていた。予想はしていたが……違和感が無い。似合ってると言ってもいいかもしれない、ああ、複雑な気分……。
「よし。じゃあ、食事行くぞ――ほら」
トイレを出ると、当然のように腕を出された。腕を組めってことらしい。嫌だって言ってもしょうがないんだろうなと半ば諦めの境地で、大人しく奴の腕に掴まった。……傍から見ると、どう見えるんだろうか。リーマンの彼氏にゴスロリの彼女? まさかなあ。
「……あのさあ、あんた一体何がしたいわけ?」
「聞くまでも無い、デートだろ」
「はあ……」
道行く人の視線が突き刺さる。普通なら耐えられないだろうが、こいつに無理矢理やらされてるんだと思うと、どう見られても知ったことか! とすごく気持ちが楽だった。離れたところで女子高生が数人、オレたちの方を見て囁きあってる。『可愛いよねー』と言う言葉が聞こえてきて、なんだかくすぐったい気分。……俺、女に見えるんだ……。
「食事って、何処行くの?」
男だってばれないように、耳元に口を寄せてひそひそ声で訊ねた。どうしたって、声だけは変えられないからな。こういう仕草も、傍から見たら恋人同士に見えるのかもしれないけど。
「恵比寿。俺も初めて行くからわからんが、ワインは良いものを揃えてる、らしい」
恵比寿でワイン? もしかして、高価い店に連れてってくれる……わけないか、俺のカッコがこれだしな。
時間が経つにつれ、俺は段々腹が据わってきた。こうなったらもう、状況を楽しむしかない。こんな経験は二度とないだろうしな――よし、何処だろうが驚くもんか。めいっぱい楽しんでやる、人生は楽しんだもん勝ちだ!
――しかし、こいつの行動は常に俺の想像の斜め上を行っていた。タクシーを降りて着いた先ってのが――。
「なんで、なんでラブホなわけっっ!? ありえねええええええ!!!!」
「ルームサービスで喰いたいもん頼めよ。ほら、メニュー」
「だから、そういう問題じゃねえって言ってんだろ!」
「普通のラブホよりメニュー充実してるし、美味そうだぜ。デリバリーで寿司やピザも頼める」
「え、寿司? じゃなくて、人の話を聞けええっ!!」
俺のいう事なんか馬耳東風、冷静にコーヒーを淹れているその端正でしれっとした横顔が憎たらしい。奴は自分の分だけコーヒーを入れると、どっかとソファに座り込んだ。革張りのふかふかのソファ――部屋も、ラブホにしちゃすげーシャレてて、俺の行ったことのあるラブホとは全然違う。
「デザイナーズホテルだよ。ちょっと見、ラブホには見えないな」
確かに、普通にお洒落なツインの部屋と言っても通る。いや、むしろ一般的なシティホテルの部屋より作りが凝ってて豪華だ。天蓋つきのダブルベッドなんて、実物初めて見たよ。ちらっと見ただけだけど、バスルームもウッドデッキ仕様ですごそうだった。――それでもフロントで写真見て部屋を選ぶシステムとか、テレビ下のアダルトグッズの自販機とかで、やっぱり基本はラブホなんだなってわかるけど。
「って、部屋に見惚れてる場合じゃない! だから、なんでラブホなんだよ!?」
「そりゃ、デートだからだろ。食事も出来るしカラオケも出来るしDVDも見れる。お前が腹を立てる理由の方がわからないね」
……言われてみればそうかもしれない。メニューに載っている食事も、普通のラブホより断然美味そうだし。ただ単に場所がラブホだってだけで、食事に来ただけと思えば……思えば……って、思えるかあぁ!! 納得いかねぇ!
「だって――、だって、そりゃあデートって言ったけどさ、別に飯食うのはラブホじゃなくてもいいし、別に俺が女装しなくたっていいじゃん! あんた、男とデートするのやだって言ってたし、こんなところ女の子連れてきたほうが喜ぶし――」
そうなんだよ。なんで、五十万の代わりにデートなのかって、それがそもそも疑問なんだよ――。
「確かにデートって言ってたけど、それはとりあえずそう言っただけで、本当は他に何かあるんだろうなって思ってた。……だって、あんたが俺のこと好きだっていうんじゃなくちゃ、そんな交換条件、あんたに何のメリットも無いから成り立たないし……」
奴は悠然とコーヒーを呑んでいる。とりあえず、俺の話を聞いてはいるらしい。組んだ足を見て、足が長くていいなあと羨ましくなった。背も高いし、本当、外見だけ言ったら俺の憧れそのものなのに。
「わざわざ俺に女装させたり、こんなところに連れてきたり。何か理由があるんだろ? じゃなきゃあんたは女装男好きの変態兄貴ってことになるんだぜ」
「……」
「理由があるんなら、それを俺に何も教えないでいるってのは酷いじゃないかよ! だって俺、がっつり当事者なのに!」
「……やっぱりインスタントのコーヒーは不味いな」
カップを置いた後、奴は薄く微笑んだ。初めて、奴の感情の片鱗が見えた気がした。手招きされて隣に座る――と、間近に顔を寄せられて、不覚にもどきっと心臓が跳ね上がった。
「見てくれだけかと思ってたが、中身も俺好みで嬉しいぜ」
「え?」
「実はな。――ここ、出るんだ」
「は? 出る、って……え、まさか、アレ?」
「そう、幽霊。客が何人も見てる。それで噂が立っちまって、オーナーが困っててね――折角大金かけてデザイナーズラブホテルに改装したのに、客が寄り付かないんじゃ商売上がったり。で、俺がここに来たわけ、除霊をしに」
「ええ? えーと……じゃ、あんた、坊さん? 霊媒師ってやつ? ――でもそれじゃ、スーツ着て毎朝出勤してたのは、なんなわけ?」
「霊媒師が本業なのは、俺の父親。跡を継げって言われてるけど、俺は継ぎたくない。だから一般企業に就職したんだ。俺の本業はあくまでリーマン、こっちは臨時のバイト。たまにまとまった金が欲しい時や、親父が受けられない時にだけやってるんだよ」
「はあ……。……ん?? で、なんで、俺までここに来る必要があんの?」
「一人でラブホ来るなんて虚しいだろうが」
相変わらずの口調だが、もう騙されない。こいつは、一発じゃ本音を出さない奴なんだってわかってきた。「誤魔化すなよ」と睨みつけると、楽しそうに言葉を継いだ。
「女を連れてきたいところだが、女じゃやばいんだ。見ちまった何組かのカップルの女が、深刻な体調不良に陥ってる。だが、一人で泊まっても出てこないらしい。オーナーは自分ひとりが泊まっても何も無かったって言ってたし」
「――つまり、カップルが泊まる必要があるけど、女が来るのはやばいから、代わりに俺を女装させて連れてきた、と……?」
「騙せると思うんだよな、お前なら。……納得したか?」
――なるほど。いまいち釈然としない気もするけど、一応理屈は通ってる、ような……。
結局、こいつの仕事に運悪く俺が巻き込まれた、って話か。「俺が捕まらなかったらどうするつもりだったの?」と訊くと、「デリヘル。経費オーナー持ちだし」と返事が返って来た。おいおい、たった今、女はやばいって言ってなかったっけ? 本当、言ってることが矛盾してる奴。
「あれ? でもなんか、大切なことを聞き落としているような……」
まだ咀嚼しきれないで考えていると、ついと手が伸びてきて俺の顎を捉えた。え? と思う間も無く――気付いた時には、奴にキスされてた。
「!? ……! んっ、んん〜っっ!」
拒もうとしてももう遅かった。あっという間に両手を取られて押し倒されて、奴の躯が俺の動きを完全に封じ込めてしまった。歯を食い縛る前に舌が入り込んできて、俺の舌を絡め取る――。
ディープキス……男となんて、最悪だ。
……だけど、……き、気持ちいい、かも、しれないっ……。
「んっ……ふ、……」
す、すごい……キスって、こんなに気持ち良いんだ……。
頭がぽーっとして、背中にぞくぞくと快感が走る。奴の舌が触れるところが、びくびくと甘く痺れる。あまりに気持ちよくて怖くて、思わず逃げようとするけど、奴の唇がそれを許してくれない。幾度も離れかけては、また重ねられて、絡められて。
「……っ……」
もう、声も出ない。今まで女の子とキスしたことあるけど、相手はこんなに気持ちよがってくれなかったし、俺もそんなに気持ち良いって感じなかった。……こいつ、キス、すっごく上手いんだな……。
俺の躯から完全に抵抗の気配がなくなった頃、奴はようやく唇を解放してくれた。まだぼーっとして動けないでいると、いきなり奴に抱え上げられた。こ、これは、いわゆるお姫様だっことかいう…!?
「え? え、いったい――…っ?」
何がなんだかわからないで途惑っているうちに、さっさとベッドに放り出されてしまった。体勢を整える前に、速攻で両手をネクタイで戒められる――って、何、この手際の良さっ!?
「ちょっと待てえぇ! 何の真似だよ、てめえ!?」
「お前、馬鹿? デートでラブホに来て、やることなんか一つしか無いだろ」
「だって、さっきの話――カップルの振りをするだけじゃ……」
「振りじゃ駄目らしい。幽霊は、事に及んでいる最中に来るらしくてね――本番まで行かないと呼び出せないって訳で」
「なっ……! あ、あんた、自分にはそーゆー趣味は無いって……!」
「写真をオカズに一人で抜く趣味は無いって言ったんだ。俺はリアルにしか興味が無い」
「そんなのありかよ、この変態のホモ野郎っ!」
「変態の女装野郎がよく言うぜ――ルームサービスが来たからちょっと黙ってろ」
タオルで猿轡を咬まされた。戒められた両手はベッドヘッドに縛り付けられていて、逃げられない。入り口の方から、奴がルームサービスを受け取ってる声が聞こえる。スタッフに気付いてもらえないかと思ったけど、入り口からはベッドが見えない配置なんだ。
何食わぬ顔で戻ってきた奴の手には、シャンパンと、フルーツの載った皿があった。いつのまに頼んだんだろう? それをサイドボードに置いて、ベッドに腰掛けて俺を見下ろす。余裕の表情、獲物を目の前にした獣の眼――。
「いい眺めだな。――ところでお前、ちゃんと俺の言いつけ守ったか?」
言うなり、奴は俺のスカートを捲り上げた。何すんだこの変態――と叫ぼうとしても、タオル越しにくぐもった声が漏れるだけ。
「何でパンツ履いてんだ? 俺の言う事を聞かなかったな……痛い目に遭わないとわからないのか?」
奴の瞳の色が変わった、気がした。くっと喉の奥で笑うと、奴は涙目の俺なんかお構い無しに、躊躇なく俺のパンツをずり下ろした。うつ伏せにされ腰を上げさせられて、犬みたいに四つん這いの格好にされた。抵抗してない訳じゃないのに、奴の手にかかると操り人形みたいに簡単に躯を動かされちまう。
ま、まさか……このまま俺、奴にケツ掘られんのっ!? と、真っ青になった瞬間。
パアン!
――小気味良いほどの音と、同時に臀部に走る衝撃。――痛み。
「……!!」
もう一度――間を置かずに、もう一度。何度も何度も、奴の平手が、俺の尻を叩く。
「腰を引くな。引けないように縛り上げられるのが嫌ならな」
「うっ……ぅ!」
ケツが、痺れてじんじんする……なんでこんなこと? と眼で問う俺に、奴は「ケツ叩かれんのはお仕置きの定番だろ?」とさらっと言う。お仕置きって、だって、あんなこと要求する方がおかしいじゃないか……あんな、恥辱プレイみたいな……。
「お前は、俺の要求を呑むって約束したよな? あの瞬間から、お前は俺の言いなりの奴隷なんだよ。恥ずかしかろうが嫌だろうが、お前の意志なんか関係ない――」
俺に語りかけながら、言葉の節目節目で奴は俺の尻を平手打つ。――段々、尻の感覚が痺れて麻痺していく……。
「なあ、約束は、守る意志を持ってこそ約束って言うんだろ? 守る気が無い約束は詐欺って言うんだぜ。……お前は、約束を守らなかった。お前は、詐欺師だ。詐欺師は、奴隷以下だ。だから、お前はもう奴隷ですらない。お前は、俺の玩具、卑しい人形だ――」
目から涙が零れて、視界が滲んだ。痛みからなのか、生まれて初めて言われる侮蔑の言葉からなのか――それとも? ……躯が、熱い。
奴の手がようやく止まり、――次の瞬間、びくっと身が竦んだ。大きな手が、俺の股間にぶら下がった熱い果実を摘んだからだ。
「何だこれ? ――こんなびんびんにおったって、だらっだらどろどろ汁垂らして。女装して犬のかっこしてケツ叩かれて、お前、感じてんのか? 卑しいだけじゃなくて、どうしようもない変態の淫乱だな」
「っ…! ぅうっ…う……」
気付いてた。でも、自分でもどうしてかわからないし、どうしようもなかった。気持ちいいって訳じゃないのに。こんなの嫌なのに、止めて欲しいのに。
さっきのキスの方がいい……あの時は心の底で、このままどうなってもいいかもって、そう思ってた。今は、これからどうなるのか、自分に何が起きるのか、怖くて堪らない。
――なのに、どうして……こんなに、ぐちょぐちょになるなんて――……。
「嬉しいんだろ? 女装して、恥ずかしいポーズとらされて、お仕置きされて侮辱されて、それが気持ちよくて感じまくって堪らないんだろ?」
違う。そう言いたかったけど言えないで、力なく首を左右に振るのが精一杯だった。奴の手が俺の中心から離れる――何故か、切ない。
「ん! ……んうぅ、んっ……!」
感覚が戻りかけた尻を、奴の舌が舐め上げた。まだじんじんと熱をもって痺れている尻を、濡れた舌が執拗に舐め、柔らかく甘噛みされる。時々聞こえる、ちゅってキスの音。鈍い痛みが感覚を鋭敏にしているのか、痛みと交じり合った快感は信じられないほどに濃密だった。治りかけた傷口を舐められるような、そんな快感。中心からどろっと熱いものが溢れ出るのが、自分でもわかった。
「…!」
俺の腿を押さえ込んでいた手が、尻を掴み、割れ目を押し広げた。恥ずかしい――そう思った瞬間、奴の舌が俺の後ろの穴に忍び込んできた。声にならない声が喉の奥であがる。だけど、それが『嫌だ』だったのかは自分でもわからない。
そんなところを他人に見られるのも初めてなら、ましてや舐められるなんて、ありえない。――いや、ありえないといえば最初から何もかもがそうだ。
自分の想像を超えた出来事の連続、しかもどんどんエスカレートしていく内容に、俺の思考は麻痺しかけていた。代わりに、経験したことの無い快感が頭と躯を支配しつつあった。
奴の舌は、つついたり、抉るようにねじ込んできたり、まるで飴玉を玩ぶように好き勝手に俺の恥ずかしい穴を弄くってる。嫌だ、汚い、恥ずかしい――そんな感情が無いわけじゃないけれど、与えられる快感がそれを打ち消してしまう。
恥ずかしい。だけど、気持ち、いい……。
「お前、自分で見たこと無いから知らないだろうけど、ここ、いやらしい色してるぜ。誘うみたいにひくついて、本当に淫乱だよなあ」
辱めの言葉を投げかけながらも、奴の舌は俺の穴を舐ることを止めない。さっきキスしてくれたあの唇が、舌が、俺のそんなところを舐めているのだと思うと、躯がますます熱くなった。そして、ほったらかしにされた中心が痛いくらいにどくどくと疼いた。
気持ちいい……けど、でも、苦しい。あそこにも触って欲しい。キスして欲しい。
どろどろに蕩けそうなあそこにキスしたり舐められたりされたら、もうすぐにいっちゃえそうなのに――……。
「言いたいことがあるのなら、タオルを外してやってもいいぜ。ただし、俺の言う事をちゃんときくって誓えるならな。詐欺師から奴隷に戻りたいか?」
半ば無意識のうちに、俺は頷いていた。奴はすぐに猿轡を外し、俺を仰向けに転がした。息苦しさから解放されて、幾度か大きく息を吸い込む。その間に前を肌蹴られたのがわかったけれど、抵抗する気にもならなかった。
「ひぁっ! な、何っ…!?」
――突然、肌蹴た下腹部に冷たいものが触れてきて驚く。眼を瞠り下を見ると、奴が手に持った何かで俺の腹をなぞっていた。冷たくて柔らかいそれが、奴がルームサービスで頼んだフルーツだと気付いたのはその甘い匂いからだった。覚えのある匂い――桃だ。生の、白桃…。
「や、あんた、なにして…っ」
「『ご主人様』だろ? 口の聞き方を知らない奴隷だな」
「だ、誰がご主人様だよこの変態! やめろよ、桃が勿体無いしっ…」
「じゃ、お前が食え」
言うなり、奴は手に持ってた桃を俺の口に押し込んできた。滴るほどに果汁を含んだ桃が、口腔を甘く満たして、俺の喉を潤す。ずっとタオルで猿轡されてうつ伏せになっていたから、唾液を吸い取られてすごく喉が渇いていたんだ。俺は拒むどころか、貪るように桃を食べた。こんなに桃を美味しいと思ったのは久し振りだった。
「もっと欲しいか?」
反射的に頷いた。半端に満たされて、かえって渇きを意識してしまった。これだけじゃ全然足りない。もっと欲しい。すると奴は新しい桃を手に取り、今度はそれを俺の腿に滑らせた。
「なら、いちいち俺のすることに口を出すな。お前は奴隷なんだから、何も考えずに俺に従えばいい」
「な……」
反論しようとして、口に桃を押し込まれる。涙に滲んだ視界に、馬乗りになって俺を見下ろしている奴の顔が映った。俺の反抗を愉しむような、余裕の微笑。――そしてまた、新しい桃が手に取られた。
「考えたところで、今のお前には抵抗も拒絶も許されない。解放されたいのなら、俺の言うなりになるしかない――」
果汁で濡れた肌から匂い立つ、甘い匂い。柔らかな果肉は遊ぶように肌の上を滑りながら、徐々に上に上がってくる。腹筋から胸の間をなぞり、乳首まできて、そこを舐めるようにゆっくりと円を描く。果汁が肌の上を滑り落ち、シーツに零れるのがわかった。
さっきまでの、アナルを弄くられた時ほどの大きな快感はない。けれど、くすぐったさは漣のような快感に変わって、じわじわと俺の躯を責め始めた。一度は鎮まりかけた躯が、また火照り始める――。
「硬くなってるぜ――ほら」
「っあ! ……あぁ……」
指先で乳首を摘まれて、思わず声が上がる。自分の喉から出てきた声の甘さが信じられなかった。恥ずかしさに顔を背けようとして、また桃が口に押し込まれた。それを飲み下すと、また次の甘い快感――……。
朦朧とした頭のどこかで、男の乳首はかつて女だった時の名残なのだということを思い出していた。使えないのにどうして女と同じモノが付いているのか、子供心に不思議だったが、それを知ってなおさら不思議な感覚がしたことも――。
「男の乳首は、性器なんだよ。それ以外に何の役にも立たない。お前のこれは、俺に好きなように弄くられて、感じるためだけにあるんだ」
まるで俺の心を読んだかのように、奴がそう囁いた。舌先で捏ね繰り回されて、やばいくらいに感じてしまう。声を抑えることは、もう出来なかった。
「はぁっ……あぁ……あんっ……」
「感じるのはいいが、俺の許しなく勝手にイくなよ。そんなことしたらさっきより酷い仕置きが待ってるぜ」
「そ、そんなの――……無理っ……耐えられ、ない……」
「耐えろ。代わりに、我慢できたら褒美をやる――」
「あ……やぁっ、そこ触っちゃ――イっちゃうっ……!」
奴のしなやかな指と柔らかな桃の果肉が、俺の肌の隅々まで這い、躯中余すところなく透明な蜜を塗りたくる。当然、中心で蜜を溢れさせている敏感な箇所にも。むせるくらいの甘い香りと快感に、知らず吐息が漏れて、その喉にまた蜜が流し込まれて。気まぐれに躯のそこここに落とされるキスが、快感をいや増した。
何のためにこんなことを?という疑問は、すぐにどうでもよくなった。甘過ぎる責め苦に、まともな思考とか理性とかいうものはみんな溶かされてしまった。いつのまにか、俺は赤ん坊みたいに無防備に躯を開いていた。
躯が、疼く……熱い。
気持ちよくて、それが苦しくて、涙が止まらないなんて――……。
「……ご……ご主人、様……」
か細い声でそう呼ぶと、奴の手が止まり、視線が俺を捉えた。
「……いか、せて……下さい……お願い……もう、……」
指での愛撫に必死で耐えたけど、もう、今度こそ限界だった。俺の哀願を聞くと、奴は薄く微笑んだ。「丁度これで最後だ」――そう言って桃を自分の口に含むと、そのまま俺にキスしてきた。
「んっ……」
唇を重ねて、俺は自分がそれを待ち焦がれていたことを悟った。さっきみたいな、いや、さっきよりももっと激しくて、扇情的なキス。二人の舌の間で、柔らかい桃が蕩ける。息継ぎのために唇を離す一瞬、吐息が同じ匂いに染まっているのを知る。飲み下せない快感が口腔から脳を侵食して……奴の舌が、俺の舌に絡まる――。
「……!」
躯の奥でどくんと何かが弾けた。同時に、自分の下腹部に温かい飛沫を感じた。
……キスされて、奴にあそこを触られた瞬間に、イっちゃったんだ……。
「――誰がイっていいと言った?」
「……あ……ご、ごめんなさい……」
「まだ躾が足りないみたいだな。――ゆっくり慣らしてやろうかとも思ったが」
勝手にイったらお仕置きをすると言っていた――もしかして、また痛い思いをするんだろうか? 怖くなった次の瞬間、大きく腰を割り開かれ、後ろの穴に冷たくて硬いものを感じた。
「ひゃ! な、何――…」
「バイブ。お前のここを広げるんだよ――力を抜け」
「やだ、いきなりそんなの……切れちゃうっ……。お、お願い、許して下さい――…っ」
「口出し出来る立場じゃないって、まだわからないのか?」
「や、痛い――っ……いやぁっ……!」
後孔にぐっとバイブの先端が押し込められ、引き攣るような痛みが走った。見えないけど、すごく大きくて太い奴みたいで、そんなのいきなり入るわけがない。無理矢理入れたら本当に切れるかもしれない――想像するだけで怖くて痛くなってきて、俺はぼろぼろ涙を零してお願いした。
「ご主人様――ご、ごめんなさい、ごめんなさい、命令に従わなかった俺が悪かったですっ……!」
「……」
「俺、ご主人様の命令、ちゃんと聞くから、何でもしますからっ……だから、それは許して……無理矢理入れるのは、痛いのは、やめて、下さい……お願いです……」
「……」
特に意識して言ったわけでもなく、ごく自然に奴隷口調が出て来た。そしてそれに違和感すら覚えなくなっていた。奴は俺の表情を観察するように見つめていたが、ふと振り返り、背後の薄暗い空間を見た。口角を僅かに上げるだけの笑みを漏らした後、再び俺に向き直り、押し付けていた玩具を引っ込めた。
「いいだろう。それじゃ、罰の代わりにちゃんと躯で償え。――奉仕の仕方はわかってんだろ?」
――なんで、女の格好してそれを写真になんて撮ったのか、本当の理由は自分にもよく判らない。
だけど、なんだか、撮っておきたかったんだ。女になった自分を、『取って』おきたかったんだと思う。
俺は――……心のどこかで、本当は――――……。
「――いい子だ、気持ちいいぜ……」
手首の戒めはとっくに解かれていた。両手と口で、俺はご主人様のものに奉仕していた。まだ甘い匂いが立ち込めるベッド。俺の唇から漏れる切なげな吐息と、ご主人様の微かな息遣い。
男のものをしゃぶるなんて初めてのことだったけど、躊躇いも迷いもなかった。どんどん大きく硬くなっていくのが、気持ち善がってくれてるんだと思うと嬉しくて、ご主人様が頭を撫でてくれるのがもっと嬉しくて、俺は一所懸命舌と唇を動かした。
「もういい」と言われて、透明な糸を引きながら顔を上げる。眼鏡を取って髪が乱れたご主人様は、眼鏡をしている時よりも精悍さが増して、男っぽく見えた。俺の口を拭うと、躯を引き寄せて優しいキスをしてくれる――それが頑張ったご褒美だということを、俺は言われなくとも理解していた。
「ん……!」
温かく滑る指が俺の尻の間につと忍び込んできて、一瞬びくっと身が竦んだ。けれど、ご主人様のキスが気持ちよくて、俺の中の恐怖心はすぐに溶けていった。「何も考えるな」――ご主人様の低音の声が、耳に流し込まれる。それすらも快感だ。俺は頷いて、ご主人様の頚に縋り付いた。
ご主人様の指が、俺の固く閉ざされた蕾を優しく解す。ローションをたっぷりつけた指は、あっけないほど簡単に俺の中に入ってきた。一本、二本、三本――俺の中で、楽器を奏でるように長い指が蠢く。くぷ、くちゅと艶かしい音をたてて……。
「あぁ……、はぁ、あんっ……」
挿入だけだったら感じることは出来なかったかもしれない。だけど、絶え間なく重ねるキスと、もう一方の手が繰り出す前への愛撫が、後ろへの刺激も徐々に快感へと変えていった。一度快感を覚えたあとは、それが増していくだけ――。ご主人様の指が俺の中で動く度に、俺の躯は快感で満たされていった。
「なんだ、簡単に飲み込んで――お前、本当に処女なのか? 本当は、ヤリマンなんじゃないのか?」
「ち、ちが……ぅっ、ん、ご主人様が、初めて……です……」
「へえ。処女の割には感度がいい――自分で弄くったことも無い?」
首を左右に振る。……興味がなかったと言えば、嘘になるけど。弄ってみたいと思ったことは、あるけれど。だけど、自分ひとりじゃ怖くて、どうしても出来なかった。
「前がぐっちょぐちょだ。潮吹きそうな勢いだな」
くすりと笑って、ご主人様が俺の分身から手を離した。腫れた肉棒から溢れた精液混じりの愛蜜がその手をべっとりと濡らしていて、ご主人様がそれを舐めるのを見て俺の躯はますます火照った。
「お……男は、潮吹かないでしょう……?」
「感じまくると男も吹くんだよ。濡れるのも、潮吹くのも、中で感じるのも同じ。ま、女も中より外側弄られる方が感じるって言うのもいるし」
「ん! あ、ああっ……」
俺の中の指がまた蠢き始めて、快感に思わず腰が浮いた。ご主人様は俺の中の一番感じるところを探り当てて、そこを執拗に責め始めた。前から得るそれとは全然質の違う、眩暈がしそうなほどの快感――びくびくと腰が震え、あられもない声が溢れる。後ろを責められながら乳首を舐められて、もっともっと、痛いくらいに感じてしまう。
「やあぁ! あん、――あああっ……い、イっちゃう、あ、――あ……!」
絶頂はすぐに訪れた。頭の中が真っ白になって、ぐったりと弛緩した躯をご主人様に預ける。驚いたのはその快感の強さだけじゃない。確かにイったのに、射精してない――俺の中心は、まだ勃ったままだった。
なんで? と思う間も無く、また次の快感が襲ってきた。長い中指が敏感な内壁を擦り、快感がびりびりと前にまで響いて、温かい蜜が零れ落ちて――……。
「ひぁっ……う、嘘、今イったばかり、なのにっ……」
「イかせて欲しかったんだろ? 何回でもイかせてやるよ、もう嫌だって泣くまでな」
「あぁ……い、やぁ、そこ、だめ――……また、イっちゃ……ぅっ……!」
俺はもう、完全にご主人様の玩具だった。ご主人様の意のままに、躯を弄くられて、感じて、イってしまう、はしたなくていやらしい人形……。
何度目かの絶頂の後、ご主人様が俺の躯の向きを変えて、後ろから抱きかかえられるような形になった。股間にご主人様の雄を感じる――と、俺の淫孔に先端があてがわれ、じゅぷ、という音をたててご主人様の熱く大きな怒張が中に入ってきた。
「くっ……ぁ、きつ……!」
「力を抜けよ……全部飲み込めるはずだ」
「は、い……ああっ……ぁ、ご主人様――……っ」
俺の呼吸に合わせて、ゆっくりとご主人様が入ってくる。根元まで全部飲み込んで、俺の腹をみっちり満たすその質量に、躯よりも心が善がった。ご主人様の腰が、艶かしいリズムで動き出す――。
「あんっ、あっ、ご、ご主人様――っ。……そんな、に、動いたら……も、もう、イっちゃい、ますぅっ……ん、ぁああ!」
「――顔を上げろ。ほら、見ろよ」
顎を掴まれて顔をあげると、壁にかかった鏡に映った自分の姿が目に入った。ラブホテル特有の、全身が映るでっかい鏡。それに映った俺の姿は、ゴスロリ服を肌蹴させ、ご主人さまに背後から抱きかかえられて――捲れ上がったスカートの下には、ローションと自分の愛液でびちょびちょに濡れた股間が露になっていた。びんびんに勃ってる俺のものも、ご主人様を飲み込んでる後ろの孔も、何もかも――……。
「こんな服を着て、乳首弄くられて――」
「あんっ! ……ぁああ、はぁっ……」
「その上、ケツにぶち込まれて、善がりまくって――ちゃんと見ろよ、ほら、お前のここ、びくびくひくついて、俺のを飲み込んで離さない」
「いや――動いちゃ、や……あぁっ……」
「こんないやらしい音をたてて、イっちまう――まるで女みたいに……」
ご主人様の手が俺の腿をぐっと開き、繋がった部分がさらに鏡に丸写しになる。ご主人様に、男に犯されて、辱められてる自分……女の格好をして、まるで女みたいに善がって――……。
「――去年、お前、ずっと俺のことを見てたろ?」
突然耳元に囁かれた言葉に、眼を見開いた。思わず振り返ろうとして、腰を動かされて力が抜けてしまう。
「○○線の上りの準急の、三番車両。俺が気づいて無いとでも思ってたか?」
「あ……ぁ」
「一応高校を卒業するまで待つかと思ってたら、いきなり海外出張に飛ばされて――戻ってきたら卒業しちまってたなんて、間抜けすぎて笑えたけどな」
……気付いて、た……?
俺のこと、覚えてた? 俺が去年、ずっと見てたの、知ってた……?
その時やっと、ソファでの会話で何に引っかかっていたかが判った。俺は今日会ってから一度も、実は初対面じゃないってことを口に出さなかった。だけどあの時、『スーツ着て毎朝出勤してたのは、なんなわけ?』という俺の言葉に、こいつは何の疑問も挟まなかった。それは、俺が毎朝通勤姿を見てたって事実を知っているんじゃなくちゃ、おかしいはずなんだ――。
「そ、それじゃ……もしかして、携帯見たのは、俺のこと知ってて……?」
「声でわかった。お前が友人と話すの聞いてたから。あの写真は予想外だったけどな」
「酷い、そんなの……っ。ずっと、俺のこと、騙して――……っ」
「騙してなんかない、言わなかっただけだ。お前が自分の本当の願望を表に出さなかったのと同じようにな」
それに対する俺の言葉は、喘ぎの中に消えてしまった。ご主人様の腰が一層激しく打ちつけられ、その手が俺の分身を包み込んだ。前を擦るくちゅくちゅという音と、後孔を犯すじゅぷじゅぷという音が、淫らな和音となり響く。前と後ろ両方から激しく責められて、気を失いそうなほどの深く濃密な快感に、涙と嗚咽が溢れる――。
「お前、本当はずっと、こんな風に男に犯されたかったんだろ? 女になりたかったんだろ?」
ご主人様の言葉が麻薬のように耳に流れこんできた。さっきから何度も何度もイかされて快楽に曝され続けた躯が、そろそろ限界を告げていた。真っ白になりかけた頭で、俺はその通りだと思った。
だって、ご主人様がそう言うから。
俺は、ご主人様の奴隷、言いなりの人形、はしたなくて淫乱なペットなんだから。
鏡に映る自分が、それを証明してる。認めざるをえない。
「それでいいんだよ。お前は、俺の奴隷、淫乱で可愛い、俺の女――……俺のために、女になればいいんだ」
俺は、喘ぎ、泣きながら頷いていた。やがて快楽の波が俺をさらい、声も出ないほどの絶頂の淵に俺を追い込んだ。ご主人様がひと際奥まで貫いた瞬間、意識が弾け、遠のく――……。
深い深い淵の底に沈んでいきながら、俺は、俺の中にご主人様の熱い飛沫を感じ、そしてご主人様の声を聞いた。それが、俺の幻聴だったのかどうかはわからない……。
「――――待たせたな。さて、お前の相手をしてやるよ――……」
「……――ああ、ちゃんと仕事はしたから安心しろ。報酬はあとで経費込みで請求書送る――あ? 明細? だから、そういうケチ臭いことを言うからこういう目に遭うんだろ……」
話し声で眼が覚めた。声の方に顔をやると、奴がベッドに腰掛けて煙草を吸いながら、携帯で誰かと話していた。俺に背を向け、その表情は見えない。
「――ま、そういうわけで、今晩はここに泊まるから。ああ、わかった、じゃ、明後日――」
通話を切ると、こちらに背を向けたまま「気分は?」と聞いてきた。後ろに眼でもあるんだろうか。
「すごくいい。憑き物が落ちたみたいな気がする」
俺は奴の背中を見つめて答えた。「半信半疑だったけど……本当に、霊媒師なんだね」
奴がくっと喉の奥で笑い、髪をかきあげる。
「何言ってんだ。あんな適当な話を信じたのか、お前? あれは、お前とやる為のその場のでっち上げだよ。でなかったら、お前に霊障だの崇りだのが起きるかもしれないんだぜ」
「大丈夫だよ。俺、小さい頃、お婆ちゃんに聞いたんだ。三月三日の桃の節句。桃には魔除けの霊力があるから、だから飾るんだって。果物の桃にもそういう霊力があるんだよって……」
「……」
「桃を塗られている時、何かの儀式みたいだなあって思った。あれは、そういうことだったんだろ……?」
奴は無言で紫煙を燻らせていた。煙草を挟んだ指は長くて、やっぱり綺麗な指だと思った。
「……俺、姉ちゃんがひとりいるんだけどさ。七五三のとき、姉ちゃんが綺麗な赤い着物着てんのみて、いいなあって思った。俺も七五三の時には着物着せてもらえるよって言われて、楽しみにしてたんだ。でも、当然だけど、俺が着せられたのは紋付袴で。すっごくがっかりした……けど、親にはそれは言えなかった」
奴は何も言わない。俺は構わず、奴の背中に向かって話し続けた。
「誤解しないでほしいんだけどさ、俺、自分が男なのが嫌なんだって言うんじゃないよ。男でいいし、自分のこと、好きだし。……だけど……たまに、可愛いかっこしてる女の子見てると、羨ましくなる。ただ、それだけなんだ。たまに、女になりたくなる、――それだけなんだよ……」
「――別に珍しいことじゃ無い。男でも女でも、おまえ自身に変わりは無いだろ」
煙草を消しながらそう呟くと、奴は俺のほうに携帯を放って寄越した。起き上がり、手に取る。時計は一時になろうかとしていた。
「約束だ。確認しろよ」
データフォルダには何も保存されてなかった。――俺の写真も、何も。
「……」
訊きたいことが色々あるような気も、もう何も無いような気もした。でもこれだけは言っておこうと思い、俺は奴の背中に額を寄せて呟いた。
「ありがとう……」
広い背中だった。肩口に口付け、恐る恐る腕をまわすと、大きな手が俺の手を包み込んだ。触れ合う肌の体温に、心臓がとくんと鳴る――。
「……風呂、入りたい」
「好きにしろよ。もう自由の身だ」
「……一緒に入らない?」
「嫌だね」
「なんで」
「離したくなくなるから」
この感情を、恋と呼べるかどうかわからないけれど。
俺の躯からはまだ、桃の香りがうっすらと漂っていた。奴が振り返り、薄い眼鏡のレンズ越しに視線が絡まる――。
「離さないで下さい――――俺の、ご主人様……」
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