もしもし――――
――――ごめん、悪かったよ。あの時はちょっと話せなかったんだよ…。いや、言っただろ、友達と呑んでる最中で。
そうだよ、大学の同じゼミの奴と。今まで呑んでたんだよ。
…誰だっていいじゃん。なんでそんなことまで五月蝿く聞くんだよ。はぁ? 何言ってんの? 何言ってんだよ!
別に隠してないだろ!? わかったよ言えばいいんだろ、崎田とだよ! わかったか!?
最近オレが元気ないからって心配して、呑みに誘ってくれたんだよ、あいつ本当にいい奴なんだよ、お前みたいに煩く詮索しないしな!
――――――――…………。
…………。
…………いや、ごめん…オレもちょっと言い方きつかったし……。ごめん。悪かった…。いいよ、昂は悪くないから……。
ん? ああ、いや大丈夫、別にそんなに疲れてないよ……明日土曜だし。
昂こそ大丈夫? また明日も休日出勤なんじゃないのか?
社会人って大変だよな、オレ昂見てて、自分にそんなに仕事できるのかって本当に今から不安だよ。いや、本当に。
あんま無理すんなよ、体壊したって大阪じゃあすぐに駆けつけてやれないんだから。
そりゃのぞみで三時間だけどさ、金ないし。新幹線の回数券? ふーん、そんなのあんだ。
はいはい、借金してでも行くよ。そんな拗ねんなよ。そんなことより本当、体にだけは気をつけてくれよ。
――……いや、オレは別になんともないよ。この間カゼひいて熱出して以来、特に病気も怪我もないし。
ああ、――だからそれは崎田の誤解でさ。そんな風に見えたみたいなんだけど、笑っちゃうよな。
――――何で? ……何にもないって。本当だよ――……。
……違うよ、別に――――言えないって訳じゃ――――……。
…………。
……参ったな……何で、こういうこと、電話で言わなくちゃいけないんだよ……。
電話じゃあんまり言いたくないよ、言いたくないけど……でもこれで言わなかったら昂もっと怒んだろ?
何にもないよ。それは本当だって。信じてくれよ――――。
でもさ、昂も知ってるけど、オレこの前、カゼひいてすげー熱出したんだよ。
インフルエンザじゃなかったけど。久々に四十度近い熱出してさ、ひとり部屋でがたがた震えてたわけ。
友達に頼んで看病に来てもらおうかと思ったんだけど、もう電話かけるのも辛いくらいグロッキーでさ。体動かないし。めちゃくちゃ苦しかったんだよ。
そんで、布団に包まって唸ってたらさ。――そうしたら、ちょうど良く崎田から電話来てさ。講義休んだからどうしたのかと思って、って。
意識がモーローとして声もろくに出せなくて――その時何言ったんだか覚えてないんだけど、とにかく熱出して倒れてるって伝えたら、あいつ心配してすぐ駆けつけてくれてさ。
なんか色々途中で買ってきてくれて。薬とかゼリーとかポカリとか。そん時はもう、崎田が天使にみえたよ、本当、ありがたくて嬉しくて涙が出かかったもん。
――――そりゃわかってるよ。お前だってそうしてくれるだろうって思うよ。でも、お前大阪赴任しちゃってるから、出来ないじゃん。
新幹線で駆けつけてくれても、三時間以上かかるじゃんか。オレ、その間一人でのた打ち回って待ってなきゃいけないんだろ……。
――――違う、違うって――怒らないでくれよ。――怒ってるじゃん――だから言いたくなかったんだよ、畜生!
ああもう、言うと思ったよ! だから言ってるだろ、崎田はすげーイイ奴で、友達想いの奴なんだよ、それだけだってば!
かけがえのないヤツだよ、オレがゲイだって知っても別にひかないで友達付き合いしてくれてるし、ものすごい貴重な友達なんだよ!
ああ、好きだよ、友人として。それがどうした? だーかーらーぁ、そういうんじゃないって! 昂!! これ以上崎田のこと云々言うならオレ切るぞ!?
――――……。
――――分かってるよ……仕事なんだから、しょうがないって。
……うん……分かってるよ、仕事の合間縫って何度も電話してきてくれたし、メールくれたよな。
すごく心配して気にかけてくれたの、それはものすごく嬉しかったよ。お前だって辛かったよな……。
だから、しょうがないことだって、お前も辛いって分かってるから、だから――――……なおさらやり場がないんじゃん。
……そうかもな。うん――ちょっと、体壊したせいで必要以上に神経質になってるんだと、自分でも、そう思うよ。
怒鳴ったりして悪かった。ごめん。ごめんな。
――――今、結構酒入ってるし、頭ん中がんがんして上手く整理出来てないんだけど――――……。
でもさ。でもさあ、昂……やっぱり、オレたちの間で遠恋ってのは、無理なんじゃないのか?
普通の恋人同士だってキツイものがあるだろうに、オレたちみたいな関係で遠距離って、……。
急にごめん。でも、カゼひいて倒れて、それで、オレ、なんかものすごく痛感しちゃったんだよ。
だって、――もしも、逆に昂が仕事のし過ぎで過労で倒れたとして、――大阪じゃあ、やっぱりオレだってすぐに駆けつけてやれないんだ。
例えばの話だけど、もしも昂が大阪で病気になって入院とかしたとして、――もしも普通のカップルならさ、駆けつけて看病しても変には見えないけど、オレがやったら周りの人に怪しまれるんだろうしな。
いや、違う、それは違うよ、昂。それが辛いっていうんじゃない。そんなのは、自分の指向に気づいちゃった時点で覚悟してるから、もうどう見られてもいいんだけど。お前がそういう眼で見られるの嫌ならやんないし。――――…ありがと。
ただ、――――なんて言えばいいのかな――――、もしも、お前が大阪で倒れて入院したとして。お前が教えてくれなかったら、それをオレに教えてくれる人は、誰もいないんだなって、そう、――――……。
お前の会社の人も、お前の家族も、オレのこと知らないから、誰もお前が倒れたことをオレに教えてはくれない。
そうしたらオレは、お前が病院で苦しんでいることも知らないで、お前が苦しい思いをしている最中も、こっちでのへほんとしていて。
だけどもし、知ることが出来たとしても、大阪じゃすぐに側に行くことも出来ないで。
側に行っても、会社の人や家族の手前、おおっぴらに看病することも出来ないで――――……。
――――考えただけで、なんだかもう嫌になってきたよ。ごめん、昂、オレ、無理だよ。絶対に無理。
そんなの、そんなの――――あんまりじゃんか。……あんまり、じゃんかよ…。
――わかってるよ、それはこっちにいたって同じことかもしれないって、それだって、オレはわかってる。
だけど、こっちにいたらいつも側にいられるから、病気の時くらいなら、そういうのも…耐えられる、かもしれないけど。
いつも側にいられなくて、離れてて寂しくて我慢して、その挙句にそんな辛い思いをしろっていうのかよ。それ、あんまりじゃねぇ?
――だって側に居ないんだから、何があるか、今お前が本当に元気かどうかもわからないじゃんか!
そうだよ、――しょうがないことで、お前は悪くなくて、こんな風に思ってしまうオレが悪いんだよ。
だけど、お前のせいだろ、オレがこんな風になったの、昂の――――先輩のせいだろ?
酷えよ、先輩。オレ、先輩がいなかったら、だましだましでも女と付き合っていけただろうに。
オレをハメといて、恋人にして、そんで就職してすぐに大阪赴任ってなんなんだよ本当。
どうせ堂山辺りで浮気してるんだろ? 先輩が三週間も一人で寝られる訳ないもんな。――――信じてないって訳じゃないけど、この際だから言うけど、オレ、先輩がこっちいるときに浮気したの知ってるから。二度あることは三度あるって諺も信じてるだけ。
――何、今更慌ててんの? もういいよ、一年前の浮気の言い訳なんか――。
――――逆切れ、だよ、酔ってるんだよ、確かに。いいじゃん。
そうでもなきゃあ、別れ話なんか切り出せるかよ。
だって、――――辛いんだよ、無理なんだよ。
側にいて欲しいって、それ以外は何も望むものなんかないのに、そのたった一つのことが不可能なんて――――。
――――…………。
昂――――……昂ぃ、何か言えよ。なあ、黙ってないで――――言ってくれよ…。
――――…………え――――?
は? おい、昂――――もしもし、昂? ……。
*
切れた携帯を呆然と見つめる。切る直前に昂が言った言葉――――。
「なんなんだ…? 『オレの愛の深さを見せてやる』って、一体何やるつもりだ?」
はっと気付く。もしかしてあいつ、今から東京に来るつもりじゃ――――?
だが携帯の待ち受け画面のデジタル時計を見て、いやそれは無理だろうと思い直した。今からじゃ大阪から東京に来る新幹線はもう終わっているし、まさかいくらなんでも関空から飛行機とは――――。
ともかく、かけ直そうかどうしようか――と迷い始めた時、玄関に近づく静かな足音が聞こえた。そして、立ち上がった
「――――……え……ええええ??」
冬の夜の冷気を身に纏い、扉の前に立っていたのは、つい今まで遥か大阪にいて携帯で話をしていた筈の、――――年上の彼氏だった。