十四歳の年の差というのは、そりゃもうある意味十四光年に匹敵する距離なのである。
 なんてったって干支が一周している。オリンピックが三回開催されている。0歳児が思春期の中学生になっている。
 昨今は男女でも年の差カップル、しかも男の方が年下と言うのは別段珍しいことでもなんでもないのだが、しかし。これが同姓同士となるとどうなのだろう。
 埋めがたいジェネレーションギャップは会話ひとつ取り上げてもありありとわかる。
 まず語彙が違う。好きなタレントの世代が違う。携帯とパソコンの需要度が違う。数え上げればきりが無い。
 この大きく深い溝に掛け渡す橋が、つまるところ愛情なのだろうけれど――――。

「――っていうようなことをぐじぐじ考えたりしないようにな」
 グリーンカレーを頬張りながら上記の内容を訥々と言ったのは、光(ひかる)である。テーブルを挟んだ対面で、思わずカレーをすくった手を中空で止めたまま、浩哉(ひろや)は固まって聞いていた。
「お前、嫌な奴だなあ……そこまでわかってんだったら、何も言わずにそういう不安を取り除くようにしてくれるのが優しさとかいうものじゃないの?」
「取り除こうとしてるじゃんよ。ヒロさんは根暗だから、どうせこんなことうじうじ考えるんだろ。言っとくけど、そういうの卑屈だから」
「卑屈って……なあ」
「だから、オレそういうの嫌だから、考えるなよ。って先に釘を刺しとこうと思って――美味いなあ、これ。こういう本場のカレーが家で作れるもんなんだな、すげーよヒロさん。お代わりある?」
「……」
 溜息を吐いて光から皿を受け取ると、浩哉は立ち上がってカレーを盛りにキッチンへ立った。
 言われていることはもっともなのだけれど、もっともな故に反論が出来ず、そしてそれ故に自分が不甲斐ない。
 どうしてこんなことになったのかと、何度も何度も自問してきた問いをまた考える。
 日頃の行いの悪さの所為といったら、余りに自分が不憫だ。運命といったら、余りに救いようが無い。成り行きといったら、余りに情けなさ過ぎる。
 結局自分を納得させる答えが見つからなくて、思考停止して終わりになるのもいつもの事だ。
 鍋に火を点け、煮立つまでの僅かな間、ぼうっと鍋の中身を見つめる。ふと気配を感じて振り向くと、いつの間にか光がキッチンの入り口に立っていた。手には空になったグラスを持っている。
「これ、後から辛味が来るのな」
 そう言って、笑ってガスレンジ横のシンクに立ち、浩哉と肩を並べた。水をグラスに注ぎ、ごくごくと喉を鳴らして飲む光の挙動を、浩哉は見るともなしに見つめていた。まだどこか幼さの残る横顔――当然だろう、ついこの間までブレザーを着た高校生だったのだから。
「何? そんな、じっと見つめて――」
 光が振り向き、見つめていた浩哉と視線を合わせ、にまっと笑った。自分には決して出来ない、悪戯な笑顔。どこか野蛮ですらあるのに、卑しさを感じさせないのは不思議だった。慌てて視線を外し、再びカレーに眼を落とす。
 甘いココナツの香りが匂い立つ。ココナツミルク入りのグリーンカレーは、口当たりは甘くてなめらかなのに、後から焼けるような辛味がじわじわと来る――何だか、光みたいで嫌だなと思った。
 ふと――光の手が、浩哉の腰に伸びて来た。触れられた瞬間、一瞬電流が走ったようにびくっと浩哉の身が竦む。
「――ヒロさん、ちゃんとアレ付けてる?」
 その薄い肉付きを愉しむように、ゆっくりと膨らみを撫でた後、そのまま、光の指は浩哉の双丘の狭間についと忍び込んで来た。布の上から、窄まりを探り当てられて、知らず浩哉の体はかあっと熱くなる。
「……」
 答えないのが精一杯の抵抗だった。だが言葉にせずとも、浩哉の紅く染まった頬と固く引き結んだ唇で、光は自分の欲しい答えを得ていた。手を離して浩哉の肩を軽く叩くと、
「早くこっち使えるようにしような。でないと、いつまでも口だもんな――まあ、オレはそれでもいいけど」
 下卑た台詞をさらりと軽く言ってのけ、水を満たしたグラスを片手にキッチンを出て行った。振り向きざまに、「カレーもう煮立ってんじゃ?」と言い置いて。
 浩哉は、躯を固くして、馬鹿みたいに突っ立ったまま、じっと鍋の中を見つめていた。光に触られた箇所が、痺れたみたいにじんとしていた。忘れようとしているものの存在を思い出させられて、眼を瞑り、一つ大きな溜息を吐く。
 忘れたいもの――この数日、ずっと浩哉の秘門に挿入されているもの。そこに、光を受け入れられるようにするために。
「一体、何やってんだ、オレ……」
 こんなことになるのなら、無理矢理にでも入れられた方がまだましだった気がする。段階を踏んで拡張されるのは、肉体的な負担が少ないのは確かだが、精神的な圧迫感は比べようも無かった。早い話、二十四時間絶え間なく光に辱められているような恥辱を感じる。
 優しい顔をして、優しい振りをして、光は多分、浩哉のそんな心理を見抜いている。見抜いていて、そして、優しいキスをして言うのだ。「ヒロさんが嫌なら、外してもいいよ」――――と。
 十四歳も年上なのに、いやだからこそなのか、浩哉には光を操ることが出来ない。年の差は浩哉にとってただ負い目にしかならない。まして、光に絶対の弱みを握られてしまっている身では、光の優しさも脅しにしか思えない。
 光は笑って言う。どうしても浩哉には信じられない言葉を――――。
「オレ、ヒロさんのこと好きだよ」
 嘘だ――――――――。
 
 それでも、多分、自分は今夜も光に身を委ねるだろう。
 光の手で縛り上げられ、自由を奪われ、ただただ光の愛撫に身を任せて自分を喪ってしまうだろう。
 クローゼットの中の、使い込まれた麻縄。綿ロープ、金属チェーン、革紐――。愛情に理由が無いように、拘束にもおそらく、理由など無い。いや、あるのかもしれないけれど、少なくとも自分と光の間には何も無い。
 それでは何が欲しいのか――――何があって欲しいのか。
 自分が求めるものは、一体何なのか。
 その答えを得るために、自分は光を受け入れようとしているのだろうか。
 分からない――――。
 
 浩哉は顔を上げ、火を止めると、火傷しそうな熱さのカレーを器に盛り、そして――光の待つリビングへ戻っていった。